大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(う)889号 判決

被告人 久保田清一

〔抄 録〕

一 原判決の認定した罪となるべき事実の要旨は、次のとおりである。

被告人は、宝石類の販売等を営むレディスジュエリー株式会社(以下「被告会社」という。)の専務取締役として実質上同会社の経営にあたっていたものであるが、昭和四九年四月二六日ころ、東京都港区六本木所在の当時の被告会社事務所において、かねてから販売委託の方法で宝石類の取引を行なっていた株式会社鶴田宝石の社員谷口茂樹に対し、代金支払の意思及びその確実な目途もないのにあるように装い、代金はこれまでの取引のような被告会社振出の手形ではなく、他社振出のいわゆる廻わし手形で支払ってほしい旨の同人の申出を了承したうえ、エメラルド八八個(時価合計五二六四万四七八〇円相当)の販売委託の注文をなし、同人をして約束どおりの条件で確実に代金の支払いを受け得るものと誤信させ、よって、即時同所で同人から右宝石八八個の交付を受けてこれを騙取した。

ところで、本件起訴状記載の公訴事実によれば、被告人が谷口に対し前記宝石の買受け注文をしたとなっていたところ、原審は右のように販売委託の注文をしたと認定している。しかし、判文上、被告会社と谷口との間でかねてから行なわれていた販売委託の方法、態様については具体的な説明を欠いており明確でないが、関係証拠によると、谷口から一週間ないし一〇日位の期間宝石を預って、販売に努め、実際に売却ができあるいはその見込みがついた宝石について、被告会社と谷口との間で改めて仕切り(売買契約)をし、代金は支払期日を四か月ないし五か月先とする被告会社振出の約束手形を交付して決済をし、他の宝石は期間経過後谷口に返還するという内容のものであったことが認められる。これによれば、当初谷口が宝石を手渡すのは販売を委託するのであって、売買ではないから、その時点では売買に伴う権利義務はなんら生じていないことになる。

ところで、本件のエメラルドの取引がこれまでと同じ方法によったとするならば、被告人が谷口からこれを受領した昭和四九年四月二六日ころにおいては、単に販売の委託を受けたのに過ぎず、谷口から被告人に対し右宝石の売買代金を請求する権利もなければ、被告人も谷口に代金支払の義務を負担していないといわなければならない。しかるに、原判決は、被告人において谷口に販売委託の注文をしたと認定しながら、他方、代金支払の意思及び確実な目途がないのにあるように装ったとか、谷口をして確実に代金の支払を受けられるものと誤信させた旨説示している。右にいう代金とは、販売委託の対価とか補償金転売代金の類ではなく、被告会社と谷口との間の売買代金を指称すると思われるから、従前と同じ方法による販売委託の注文をしたのであれば、その段階で仕切りをまたずに代金を支払うとの約束がなされたというのは理解しがたい。もし本件の申込に伴って当然売買代金を支払うことになるというのであるならば、それは販売の受託ではなく、起訴状記載の公訴事実のごとく買受けの注文であるか、または、当初から販売受託の意思がないのにこれに藉口してなされた取引と解する余地も存する。

要するに、原判決では販売委託の具体的方法およびこれと本件行為との関連が明らかでなく、したがって、本件において被告人がいかなる態様の欺罔的手段を講じたかについて判示上の不備があるというべきである。

二 のみならず、関係証拠によれば、当日谷口が被告会社に持ち込んだ多数の宝石のうちから、被告人が本件の八八個(時価合計五二六四万円余相当)を選んだのではなく、四〇個(時価合計二三九四万円余相当)は代表取締役社長石口篤美が別途販売先があるといって自らの責任で選択し、他の宝石と区別して被告会社の金庫内に保管したこと、石口は翌日知人とともに甲府市に赴き、同人を通じて宝石商に交渉したが、値段が折り合わず、一六〇〇万円程度の価格でしか買い取らぬ意向を示されたので、これを持ち帰り、あらためて、同年五月一五日ころ右知人と甲府市を訪れ同人を介して別の宝石商に折衝したところ、一〇〇〇万円の買値をつけられ、被告人に電話をかけて相談した結果、そのとき支払期日が切迫していた額面六、七百万円の約束手形の不渡りを避けるべく、やむなく右の価格で売却したことが認められる。

右のように四〇個については、石口自身において売却のあてがあり、かつ、そのことを表明して選択受領し、現実に販売に当っていたのであるから、被告人としては右の石口の言を信じて同人に一任し、石口によって正規の販売が可能であると期待していたと見得るふしがある。そうだとすると、これらの宝石についても谷口に対する代金支払の意思および確実な目途がなかったとして被告人の刑事責任を問うためには、さらに証拠に基づき谷口からこれらを受領した当時における被告人および石口の認識ないし意図を考察し、石口との共謀によるものか、石口を介した間接正犯であるかを明らかにしなければならない(場合によっては訴因変更の問題も考えられる。)。また、もしこれらの宝石について被告人の刑事責任が否定されるならば、数量時価ともに実に本件宝石の約半分に相当するのであるから、残る四八個についての代金支払が可能かどうかおよびその点に関する被告人の認識内容をさらに審理・検討する必要がある。

原判決が本件における石口の関与の有無、程度についてなんら判示せず宝石八八個全部に対する被告人の詐欺罪を肯認しているのは、審理不尽による事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(岡村 林 新矢)

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